未来人アリオンのユートピア
  太陽系の指導者が語る聖書・地球創造・地球未来の真実

  アイリーン・レークス
  たま出版/1997年/1200円

 著者はUFOマニアの間では有名なチャネラーの女性。こんなペンネームだけど日本人である。
 巻末の著者紹介が、かなりキているので、そのまま引用する。

 ユートピア運動家。1978年に「最後の審判」を体験し、1983年に、生まれて初めて、数回にわたって、宇宙人たち(第12番惑星人とプレアデス星人のセムジャーゼ)と会い、この時に両耳の側頭葉部分にテレパシー受信装置をインプラントされ、1988年に末日聖徒キリスト教会において「水のバプテスマ」を受ける。1985年より毎日お祈りすることによって、我々地球人類の創造主たちエロイム、古代ムー大陸人、古代アトランティス人、小人族、太陽系内の惑星人(火星人、金星人、第12番惑星人)、太陽系外の宇宙人(プレアデス星人、ペレ星人、グレイ、レプタリアンなど)、そして、地球の未来人たちから、個人的な啓示を強く受けるようになった。それから、1999年の「水のバプテスマ」(大洪水)の後にできる新しい高度科学文明「神の王国」に、できるだけ多くの人々が生まれ変わったり、生き残ったりできるように、各個人が何をしたらよいのかを指導するようになった。

 いやはや、すごい人である。アダムスキー、マイヤー、ラエルらの、互いに矛盾するコンタクト・ストーリーを、全部ごちゃまぜに信じちゃってるうえ、モルモン教の教義まで混じっているのだ。普通はどれかひとつを信じて、他のは信じないものなんだが。
 ちなみに「人類の創造主たちエロイム」は、地球のマグマの中に巨大コンピューターを有する地下基地を建設していて、人間の行動を採点し、生まれ変われるかどうかを決定しているのだそうだ。「あらゆることに気を配り、完全なる行動を取ることのできる人格者たち」で、「無限に近いこの全宇宙を完全に支配され、管理なさっておられる」のだという。
 そのくせ、別のページには、地球侵略を企む悪い宇宙人が「宇宙の性病を、現代へ時間旅行している多くの未来人たちに感染させる」といった悪いことをやっている、てなことが書いてある。それってぜんぜん「全宇宙を完全に支配」できてないってことじゃないか?
 どうもこの人、矛盾というものを気にしないらしい。この本の中には、実にたくさんの重大な矛盾が出てくるのだ。
 何と言っても驚きなのは、1978年に最後の審判を体験した、というくだりである。何と、最後の審判は20年以上も前に終わっていたのだ!

 1978年11月〜1979年5月
「最後の審判」終了の刑罰、「火のバプテスマ」を受けた。「火のバプテスマ」とは、エネルギーよる洗礼(浄め)である。ほとんどの地球人が悪いエネルギーを受けて、1週間以上全く眠れなくなり、自分自身の内言を失った。一度、自律神経を破壊され、蜘蛛膜下出血で死んで、内言を失い、また肉体を生かされた。(中性子爆弾で被曝したのと同じ状態であった。)脳の出血や破壊された神経が食道器官へ排出され、胃腸の中の食べ物が全部一度に汚物として宿便と一緒に外へ排泄された。また、以前は、脳内に血液がよく通っていて血流量も多かったので、唇の色も真紅であったのが、「最後の審判」後には、脳内に血液があまり通っていないため、唇の色も土気色になってしまった。私たち地球人は、ほとんど全員がゾンビとなってしまったと言えるのかもしれない。(中略)
 世界中が最も狂っていた時期であった。女・子供は、狂った男に犯され、世界中に処女がいなくなった時であった。それ以来、世界には、股関節の開いてしまった女・子供しかいなくなった。(後略)

 何ともすごい大異変があったものである。でも、どういうわけか、僕にはぜんぜんそんな記憶はないんだけど……みなさんはどう?
 アイリーンさんの説明によれば、「5年後の1983〜1984年頃には、ほとんどの人が過去の混乱した状態のことを忘れ去り、私たちの創造主エロイムの偉大な業績を思い起こす人はまれであった」という。なるほど、つまり、「最後の審判」があったことをみんな忘れてしまったというわけだ。でも、記憶がなくなっても記録は残ってると思うんだけどねえ……。
 だいたい、世界中から処女がいなくなったのが「創造主エロイムの偉大な業績」か? すごく間違ってると思うんだけど。
 しかも、不思議なのは、この「最後の審判」には、まったく何の意味もなかったらしいことである。だって、アイリーンさんが嘆くように、この後も悪人はのさばり続け、世界は混乱した状態が続いてるんだから。
 こんな記述もある。

(前略)エイズに感染した人の多くは、「私もエイズ、あなたもエイズ。みんなで仲良くエイズで死にましょう!」の考え方で、フリーセックスであったために、エイズに感染していない健康な人の存在がおかしいという風潮を社会に生み出した。

 そんな風潮、ないない(笑)。
 だいたい、この文章って、エイズ感染者に対するひどい差別意識で書かれてるぞ。普通の出版社だったら、編集者がチェックを入れるから、こんな文章、絶対に活字にはならない。さすがたま出版、無頓着である。
 さらに、1999年7月に起こるという全世界大洪水(アイリーンさんは「水のバプテスマ」と呼ぶ)に関する記述もあるのだが、これもわけがわからない。悪い人間をすべて溺れさせるためにエロイムが地球に大洪水を起こすというもので、これは絶対に回避できないと何度も強調される。
 ところが、確かにエロイムのせいで世界各地で地震が起こったりもするのだが、洪水が起こる直接の原因は、ロシア軍がサテライトレーザー兵器のボタンを偶然に押してしまい、北極と南極の氷が一度に蒸発してしまう(何メガワットあるんだ、そのレーザーは?)からだというだ。それってぜんぜん周到な計画でも何でもないと思うんだが。
 すでにお分かりのように、アイリーンさんには科学知識なんかまるでない。笑っちゃったのは、「水瓶座の時代」について解説した68ページの図である。何と、アイリーンさんは歳差運動というものを知らず、太陽系が銀河系の中心の回りを2万4000年周期で回っていると思っているのだ!
 ちなみに、太陽系は銀河系の中心から約2万8000光年のところにあるから、たった2万4000年では、光の速度でも4分の1周もできない。
 もっとも、アイリーンさんだけを責めるわけにもいくまい。いったい、「水瓶座の時代」がどうこうというニューエイジの人たちの何割ぐらいが、歳差運動や春分点移動について正しく解説できるだろう?
 さらに理解できないのが、アイリーンさんがこの本の中で、エロイムを「完全なる行動を取ることのできる人格者たち」と誉めたたえ、崇拝しなくてはならない、と繰り返し訴えていることである。しかし、彼らは1999年に地球上の全生命を絶滅させ、人類の大半を殺戮するのである。ヒトラーやスターリンなど足許にも及ばない大量殺戮者なのだ
 おまけに、その悲劇を思い出して涙ぐむ生存者たちを見て、エロイムが「ゲラゲラゲラゲラとお腹をかかえて笑いころげていた」という描写もある。血も涙もない人非人どもだ。
 こんな極悪非道な連中をなぜ崇拝しなくてはならないのか、この本を最後まで読んでも、理由は分からない。
 さて、本の後半は、「水のバプテスマ」が去った後、生き残った善良な人々によって再建される「神の王国」の描写である。(言い忘れていたが、アイリーンさんは未来人アリオンからの通信によってそれを知っているのである)
 なにしろ、偉大なエロイムの導きによって建設される高度科学文明である。さぞかし現代社会とは違った素晴らしい世界なのだろう……と思うのが当然だが、読み進むうちに、だんだん違和感が頭をもたげていた。
 ショボいのだ
 想像力がおそろしく貧困なのである。
 たとえば政治機構。基本的に社会主義体制なのだが、司法・行政・立法の三権分立。内閣は自治省、建設省、労働省、農林省、厚生省、文部省……などで構成されている。
 早い話、この本が書かれた1997年当時の日本とほとんど同じなのだ。文部科学省とか経済産業省とか国土交通省なんてものは想像できなかったらしい。
 違うのは、「インテリア庁」「衣服庁」「食堂庁」といった、聞き慣れないセクションがいくつかあることぐらい。この社会では、家具や衣服も国家が管理しているのである。
 さらに問題なのは科学技術だ。たとえばテレポーテーションが可能になっているはずなのに、いまだに人々は車(さすがに水素エンジンだが)に乗り、貨物船が輸送に使われている。テレポーテーションが実現したら、社会の構造が根本的に変革されるだろうという認識がまるでない。
 また、人工テレパシー装置というものがあるのに、子供はやっぱり学校で学ばなくてはならない。学校は六・三・三制である。
 その他にも、この「高度科学文明」の日常生活の中にあるものは、テレビ、ラジオ、CDプレイヤー、パソコンなど、ほとんど現代と変わらないものばかり。CDより進歩した記録媒体はないらしい
 じゃあ、現代より進歩してるものは何かというと、食器洗い機ぐらいだったりする。

(前略)食事が終わると、使い終わった食器をベルトコンベアーにのせる。その食器類を係の人たちが、軽くぬるま湯で洗って、食器の種類ごとに、大型の食器洗い機にのせ、機械で手早く食器が洗われ、乾燥されていく。その大型の食器洗い機も大型のベルトコンベアーのようになっている。その端の方で、乾燥された食器が出てくると、自動的にロボットが種類別に食器入れに整理してくれる。なんと便利なことか……。やはり時代が違うのだ。(後略)

 威張るなあ、食器洗い機ぐらいで!(笑)だいたい、最後のロボットによる分類以外は、大学の生協とかでもとっくにやってるぞ。
 なんつーか、おそろしく時代錯誤な未来像である。たとえて言うなら、昭和30年代の子供向け雑誌のグラビアに「21世紀のくらし」として載っていそうな世界なのだ。
 早い話、これは「SFを知らない人間が書いたSF」の典型例だ。新しいテクロノジーを設定する知識や想像力がなく、日常生活や現代の技術の延長でしか考えられないので、飛躍したことが書けない。また、テクノロジーの進歩が社会に与える影響も理解できない。エクストラポレーションの概念が根本的に欠如しているのだ。
 とにかく、アイリーンさんが夢見るように語る(実際、夢見てるんだろうけど)ユートピアが、いったいどのへんが素晴らしいのか、僕にはさっぱり分からない。現代日本の生活に比べて、それほど便利になっているようには見えないのだ。それどころか、生活の一部始終が国家によって管理されていて、窮屈なだけのように思える……。
 考えているうち、違和感の原因に、はたと気がついた。
 これって、昔のSFによく出てきたアンチ・ユートピアそのものだ。コンピューターですべてが管理され、清潔で、戦争や犯罪もないが、自由もないという、例のあれである。
 実際、アイリーンさんの「ユートピア」は、じっくり読むと、かなり危険な世界である。たとえば、居住地区は人種によって分けられている。職業の適性はコンピューターによって診断され、本人に職業選択の自由はないらしい。もちろん個人データはすべて管理され、思想のチェックも行なわれている。誰もが支配者エロイムを崇拝することを強要されており、異端の思想を持つことは許されない。また、妊娠や出産も完全に管理され、「異常児は流産される」などと、さらりと書いてある。こわい。
 個人の生活のスケジュールも、細部までびっちりと決められている。6時に起床、6時半から9時の間に朝食をとり、9時半から10時まではエロイムに祈りを捧げ、昼食は11時半から13時半の間に、決められた公共食堂でとる。夕食は17時半から19時半の間に必ず食べねばならず、消灯は23時……。ほとんど『THX1138』の世界である。
 いいじゃん、別に。8時過ぎに晩飯食ったって、真夜中まで起きて『探偵!ナイトスクープ』見てたってさ。
 こんな「ユートピア」、頼まれたって住みたくない
 最終章では、タイムトラベルに関する解説もあるのだが、これがまた、実にトンチンカン。「親殺しのパラドックス」の概念すらよく分かっていないらしい。自分が未来人アリオンと通信してること自体がパラドックスを生じているはずだ、という認識がまるでないのだ。
 ちなみに、まえがきにはこう書いてある。

 昔、TVドラマで、UFOに乗った未来人が地球の過去へ時間旅行して、彼女の祖父母の出会いをアレンジする(用意万端整える)という物語があった当時は、私もまだ、時間旅行は不可能だと思っていた。(後略)

 ……これってひょっとして、石坂浩二主演の『俺はご先祖様』か? マリアンが銀ラメのツナギ着て、「ピー」とか「パー」とか言ってたやつ? あれがSFの原体験じゃ、こんな情けない本になっちゃうのはしょうがないかなあ

 ちなみにアイリーンさん、1999年7月に「水のバプテスマ」が起きると断言、はずれたらインターネットを通して全世界にヘアヌードを公開すると約束してたはずなのに、約束を破って公開せず、笑いものになってましたっけねえ。