裸のサイババ

　パンタ笛吹
　株式会社ヴォイス／2000年／1600円＋税

　著者のパンタ笛吹氏はオカルト関係の著作が多数ある、いわゆる精神世界系の人なのだが、以前にもアガスティアの葉のトリックを暴いた『アガスティアの葉の秘密』（たま出版・９５年／真弓香と共著）という本を出している。
　きっかけは２０００年の７月、パンタ氏がイギリスで開かれたミステリー・サークル国際学会に出席した際、偶然に拾った一冊の小冊子。それは日本でも有名なインドの「聖者」サイババの真の姿を暴露する内容だった。手からビブーティ（聖なる灰）を出してみせる「物質化現象」はトリックにすぎないこと、多数の少年や青年がサイババから性的虐待を受けていること……。
　サイババに心酔し、著書の中で賞賛したこともあるパンタ氏はびっくり。事実を確認すべく、関連する雑誌記事やインターネットの情報を頼りに、スウェーデン、ドイツ、オランダ、アメリカと精力的に飛び回り、犠牲者たちに直接会って、その生々しい証言を聞く。
　最初に会ったのはスウェーデンの元映画スター、コニー・ラッソン。サイババの最も近しい弟子の一人であり、サイババを称えるスウェーデン語の本を出版するなど、サイババの布教啓蒙活動を熱心に行なってきた人物である。
　彼が最初にサイババから性的いたずらを受けたのは１９７９年のこと。インタビュー・ルームの奥にあるプライベート・ルームに招かれ、下腹部や性器を触られたのだ。その行為は５年間にわたって何十回も続いた。ラッソンはそのような行為を受けていたのは自分だけだと信じていたが、１９８６年、数人の少年と話していて、彼らもサイババから同様の行為を強要されていることを知り、ショックを受けた。
　ラッソンはまた、サイババの「物質化現象」のトリックも数多く目撃している。サイババが座る椅子のクッションをめくってみると、そこには時計や指輪やブレスレットがあらかじめ隠してあった。それを取り出してみせているだけだったのだ。サイババの叔父はプロの奇術師で、サイババも子供の頃から奇術の訓練を受けていたという。
　サイババと袂を分かったラッソンは、長い間、自分の体験を胸のうちにしまって忘れようとしていた。だが、１９９９年、母親といっしょにインドを訪れたスウェーデン人の少年が６回にわたってサイババから性的いたずらを受けたことを知り、沈黙を守っていることができなくなった。今も毎日、少年が犠牲になっているのだ。罪のない少年たちをサイババの悪魔的行為から守るため、ラッソンは積極的に自分の体験を証言するようになったのだ。
　その他の体験者たちの証言も、内容はほぼ一致している。サイババは世界各地から集まってきた信者の中から、美少年や若い男性を選んで一室に連れこみ、ペニスをいじったり、ディープキスやオーラルセックスを強要したりするという。２０人ほどの少年と集団乱交したとか、７才の少年がアヌスをレイプされたという凄惨な話もある。そんなことが３４年間も続いてきた。１日平均１人としても、犠牲者は延べ１万人以上！（３万人以上という推定もある）
　これには驚いた。「聖者」サイババは２０世紀最悪の性犯罪者だったのだ。
　犠牲者の多くは自分の体験が信じられず、ショックのあまり口をつぐんでしまう。告白しても、サイババ信者には信じてもらえない。おまけにサイババはインド政府や警察にも強力なコネがあり、彼を批判する者は激しい弾圧を受ける。それでも、今や世界各地に散らばった大勢の犠牲者や元信者が、勇気を出して告発に乗り出しているのだ。
　サイババは貧しい人々のために学校や病院を建設し、無料で教育や医療活動を行なっていると宣伝されているが、元サイババ大学音楽教授だったデイビッド・ベリーの証言によれば、これも真っ赤な嘘だという。サイババ学校は高い学費が必要で、そこに通っているのは裕福なサイババ信者の家庭で育った子供だけ。サイババ病院には貧しい人は近づくことさえできず、おまけに医者は最悪、衛生状態は最低で、勤務している医師が「もし病気になったら他の病院にいきなさい。絶対にサイババ病院だけは来ないほうがいい」と忠告するほどだという。
　サイババの「物質化現象」のトリックについても、多くの目撃者がいるし、トリックのタネが見えている瞬間を映した決定的なビデオもある（その一部は本書のカラーページにも掲載されている）。サイババが空中から取り出したように見せかけ、信者に与えていたダイヤの指輪や金のネックレスは、実は宝石商から安く仕入れたガラス玉や金メッキだったのだ。
「聖者」サイババの輝きは、まさに金メッキにすぎなかったのだ。
　さて、この本に対し、日本のサイババ信者たちはどんな反応を示したか。「サイババ・フォーラム」の掲示板を覗いてみると、真摯に受け止めた人も何人かいるものの、こんな下品な悪口雑言が渦巻いている。

　あの本を読みましたが、登場人物全員が悪魔に支配された精神分裂症患者だったということでしょう。（中略）その狂人たちの嘘を信じて世界中を飛び回ったパンタ氏は、狂人達に利用された哀れな人というわけです。

　このような人は不幸になるでしょうね、現世でも来世でも。ボロ雑巾にはボロ雑巾としての役割しか与えられないわけでして。

　名誉毀損で提訴して下さい。あの本は、もはやこの世のものとは思えないほど邪悪です。地獄のネズミがペストを巻き散らかしているのです。

　いやはやすさまじい。性犯罪の犠牲者を「悪魔に支配された精神分裂病患者」、彼らの訴えを真摯に聞いている人を「ボロ雑巾」などと形容するとは！
　パンタ氏のＨＰ「ようこそパンタズワールドへ」の掲示板にもサイババ信者からの誹謗中傷が相次ぎ、ついには閉鎖に追いこまれてしまった。普段から口先だけの「愛」を説いている連中の本性が見えた気がする。今こうしている間にも大勢の少年がおぞましい性犯罪の犠牲になっているというのに、彼らはその現実から目をそむけ、心地よい幻想にひたり続けているのだ。その幻想を破ろうとする者に対しては、どんな卑劣な攻撃も辞さないのだ。
　弱者を踏みにじって、何が「愛」か！
　しかし、精神世界系の人たちが、みんなこんな卑劣で下品で自己中心的な連中だとは、僕は思わない。パンタ氏のように真摯に現実に向き合う勇気と責任感を持った人物も、確かにいるのだから。