スーパー・メカノサイエンス
ドラえもん道具カタログ　2112年版
藤子不二雄監修
22世紀デパート

中央公論社　1986年
580円

　ドラえもん関係の資料本もいろいろ出ているが、センスの良さや遊び心という点では、まだこれの右に出るものはない。
　22世紀デパートのカタログという形式で、ドラえもんの道具の紹介、内部構造図解、原理の解説が載っている。
　もちろん、商品の定価もばっちり分かる。ドラえもんは20万円で、ドラミちゃんは100万円。ロボ子さんが150万円（リースも可）、しごきロボットが60万円、ロボット福の神が50万円……
　ドラえもんがやけに安いが、これはもともと人気のある量産型であることと、ときどき不良品が出るためらしい（笑）。「これは基準値を超えるほど人間に近い個体ができてしまうためで、“子守り――友だち用ロボット”本来の機能には、まったく影響ありません」という解説。なるほど、ロボットが人間的な失敗をやらかすのは、本来は不良品だが、友だち用ロボットなら人間臭いのは逆に長所というわけだ。
　ただ、欲を言えば、カタログに載せる図は、黄色くて耳のあるタイプにしていただきたかったが……。

　何と言っても素晴らしいのが、各商品の原理の解説である。短いながらも、ちゃんとしたＳＦ考証になっているのだ。一例として、ポラロイド・インスタント・ミニチュア製造カメラ（５万6000円、フィルム別売り）の解説を見てみよう。

　ポラロイド社の新製品です。他社の新製品と同様、マイクロブラックホールに中性微子（ニュートリノ）を回折させてホログラム原版を作るのですが、フィルムに秘密があります。ほんの数分で、しかも細部まで鮮明なミニチュアを組み上げる、新素材フィルムが開発されたのです。

　おお、あれは本当にポラロイド社製だったのか！……って、感心するところはそこじゃなくて（笑）。
　ＸＹＺ線カメラやスケスケ望遠鏡も、ニュートリノを可視光線に変換することで物体を透視するという説明がある。ニュートリノを普通のレンズで屈折させることはできないから、マイクロブラックホールを使って超小型の重力レンズを形成しているわけだ。なるほど！
　解説の文章のもっともらしさもさることながら、図解を見ると小さなマニピュレーターがあったり、芸が細かい。この他にも、もどりライトの内部には「時間そ行フィールド展張システム」があるし、うそつき鏡には「ランダム虚構構成ユニット」「美意識回路」、評論ロボットには「感動回路」「評論用語メモリー」「賛同ボイススピーカー」、ハリ千本バッジには「人造良心」（なんじゃそりゃ？）があるのだ。
　ちなみに図解を描いているのは、居村真二、ひおあきら、長谷川裕一といった面々。誰がどの図解を描いているのか分からないのが残念だが、どれも凝りまくっていて、すべて紹介できないのが残念である。
　他にも、マニアックな解説が多い。いくつか挙げると、

ヤカンレコーダー 　音声を直接、物質化（マテリアライズ）し、また再生する研究は、この数年、急速な進歩を見せています。この“ヤカンレコーダー”もまた“吸音機”や“コエカタマリン”といった製品と同様、音を量子化する研究（量子化された音を音量子（フォノン）と呼びます）が生んだ製品のひとつです。
のろいのカメラ 　これは、写された人にそっくりの“呪いの人形”を作るカメラです。精神工学（サイコトロニクス）が呪いのメカニズムを解明する過程で、偶然に発明されました。（後略）
月光灯 “月光灯”は、長年の人獣化（ゾアントロピー）現象研究によって解明された「人狼原理（ウェアウルフセオリー）」に基づいて造られたメカです。かつて月光に含まれていた特殊な放射線が、脳の松果腺を刺激して、あなたを人から狼に変身させてくれます。
お話バッジ “お話バッジ”シリーズは、いろいろな昔話をテーマに、各種とりそろえております、これは、ユング心理学でいう「共時性（シンクロニシティー）」を応用したものです。（後略）
Ｎ・Ｓ・ワッペン 　超薄型フレキシブルケースの中にモノポール（単磁極）をセットして、ワッペンにしたものです。（後略）

　22世紀ではすでに、呪いも人獣化現象もシンクロニシティも科学的に解明されているらしい。道理でドラえもんが「ぼくの道具は魔法じゃないんだ」と言うわけだ。
　それにしても、「人狼原理」（クリフォード・シマック！）なんて単語がさらっと出てくるあたり、このライター、かなりのＳＦマニアと見た。
　中でもすごいのが、「ラジコン大海戦」に登場した“原子力潜水艦”の解説である。

　この原子力潜水艦の動力源は、同じ原子力でも、少し違います。原子を構成する素粒子（陽子や中性子等）をさらに基本的な粒子であるクォークやサブクォークのレベルまで分解し、電子に変換する（すなわち強い相互作用を電磁的相互作用にゲージ変換するといういい方ができます）働きをするニュークリアー・フォース・バッテリー（核力電池）を使用しているのです。このバッテリーは、超小型でありながら強力な電気エネルギーを発生させることから、現在あらゆる方面において急速に実用化が進められている、最新の動力源であり、ニュークリアー・パワー（原子力）の革命と呼ばれています。

　すでに子供向きの解説ではない（笑）。
　これらの商品はどうすれば買えるのか？　ちゃんと通信販売の方法も載っている。

　本カタログの、希望される商品を指で押しながら、声を出して「これが欲しい」という意味の言葉をお話しください。そうすれば、あなたの指先から誘導された生体電流が、カタログ写真の裏側にそれぞれ仕込まれている、音声入力式のマイクロ・ターミナルを作動させます。このターミナルは、あなたの声を超空間波に乗せて、当デパートの通信販売センターのメイン・コンピューターに伝えます。これでもう、手続きはおしまい。ご注文は、とどこおりなく完了しました。
　あなたのご注文になった商品は、このメイン・コンピューターの働きによって、ただちに、あなたのお手元に瞬間転送されるシステムになっております。
　ただし、このカタログでは、超空間波の出力の関係で、有効時間帯が今世紀（22世紀）のみに限られております。他の時代からご注文される方は、年度別「全商品カタログ」の方をご利用ください。こちらのカタログの超空間波ですと、時間を越えて、ご注文をお受けできます。あらかじめご承知おきください。

　表紙に「2112年版」と書いてあるのはこのためだ。これは22世紀用のカタログだから、ページを指で押して、「これが欲しい」と言っても、超空間波の出力が不足しているから注文が届かないというわけ。なるほど！
　本の終わりには、「おわびと不良品回収のお知らせ」も載っている。未来自転車は最高速度を出すと分解するし、人間製造機は超能力を持った危険なミュータントを生み出してしまうので、いずれも回収されているそうな。
　できれば「地球はかいばくだん」とかも回収していただきたいんですが（笑）。

　追加情報：
　この本の企画・構成は綿引勝美氏。他にも『鉄腕アトム　ロボットサイエンス』（小学館・94年）『ドラえもん不思議サイエンス』（小学館・94年）『ドラえもん恐竜サイエンス』（小学館・95年）『ドラえもんビッグサイエンス』（小学館・97年）などの著書がある。